百済 扶余 趣がある伝統と芳しい文化が咲くところ!

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史跡

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扶余扶苏山城

扶余扶苏山城

  • 所在地 : 忠南扶余郡扶余邑官北里 山1
  • 指定编码 : 史迹第5号
  • お問合せ先 : 文化財事業所 (041)830-2622

詳細情報

白馬江南側の扶蘇山を取り囲んで築いた山城で,泗沘時代の都城である。

「三国史記」「百済本記」には,泗沘城,所扶里城と記録されているが,城のある山の名前にちなんで扶蘇山城と呼ぶ。

熊津(現在の公州)から泗沘(今の扶余)に首都を移した時期である百済聖王16年(538)に王宮を守護するために築いたと思われる。

しかし,東城王22年(500)頃に既に山の頂上を取り囲んだ山頂式山城があったものを,武王6年(605)頃に今の姿に完成したと推察され,百済の城郭発達史を見せるのに重要な資料となっている。

錦江の南岸にある扶蘇山の山頂を中心に,山頂式山城が東西に分かれて付いていて,再びその周りに北東側の渓谷を取り囲んだ包谷式山城を伴った複合式山城で,城内には泗疵楼,迎日楼,半月楼,皐蘭寺,落花岩,四方の門址,軍倉址などがある。

アクセス

忠南総合観光案内所の後ろ,駐車場から徒歩で20m扶蘇山内にあります。

  • 扶余扶苏山城
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